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名古屋地方裁判所 平成7年(行ウ)6号 判決

原告 株式会社丸利

被告 愛知県建築主事

主文

一  原告が平成六年一二月八日に建築基準法六条に基づいて被告に対してした別紙目録記載の建築物の確認申請につき、被告が何らの処分をしないことが違法であることを確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文と同趣旨

第二事案の概要

一  争いがない事実等

1  愛知県建築基準法施行細則(昭和四六年六月三〇日規則五五号)一六条は、建築基準法の規定により提出する申請書は、その申請に係る建築物の所在地の市町村長を経由しなければならない旨規定している。

2  蟹江町には、平成三年に制定された「蟹江町における旅館等の建築審査に関する条例」(以下「旅館等建築審査条例」という。)があり、その中には、旅館業法二条二項、三項に規定するホテル営業、旅館営業の用に供する施設を建築しようとする者は、あらかじめ町長に申請し、その同意を得なければならない旨の規定(五条)及び町長は、右旅館等が同条例四条に規定する構造等の基準に適合していないと認めるときは、右同意をすることができない旨の規定(六条)があった(甲一八)。

3  平成六年六月二一日、蟹江町議会に対し、右旅館等建築審査条例四条の基準中に、同条例が定める一定の施設の敷地からの距離が一五〇メートルを超える区域にあることという新たな基準を設ける条例改正案が提出された。そして、右改正条例は、可決後、同月二三日に公布され、即日施行された(甲一九ないし二一)。

4  蟹江町は、平成六年九月八日、新たに、「蟹江町ラブホテル建築等規制条例」(以下「ラブホテル条例」という。)を制定した。

右条例には、蟹江町内において旅館業を目的とする建築物を建築しようとする者は、あらかじめ町長に届け出なければならない旨の規定(三条一項)、蟹江町内においてラブホテル(旅館業を目的とする建築物で、もっぱら異性を同伴する客に利用させることを目的とするもの)を建築しようとする者は、あらかじめ町長に申し出て、その同意を得なければならない旨の規定(三条二項)、町長は、ラブホテルの敷地が、同条例が定める一定の地域、区域又は土地にあるときは、右の同意をしてはならない旨の規定(四条)、町長は、建築主が町長の同意を得ずにラブホテルを建築するときは、当該建築工事の中止、原状回復等を命ずることができる旨の規定(六条)、町長の右命令に違反した者は、六月以下の懲役又は一〇万円以下の罰金に処する旨の規定(一四条)がある。

右条例は、平成六年九月一六日から施行され、旅館等建築審査条例は、同年一二月二日に廃止された。

二  争点

1  原告が平成六年一二月八日に建築基準法六条に基づいて被告に対して別紙目録記載の建築物(以下「本件建築物」という。)の確認申請をしたといえるか。

(一) 原告の主張

〈1〉 原告は、平成六年一二月八日、建築基準法六条に基づく本件建築物の確認申請書を、愛知県建築基準法施行細則一六条に従い、蟹江町役場に持参し、蟹江町長に提出したのであるから、同日、右確認の申請をしたものである。

〈2〉 原告は、右提出の際に、蟹江町の職員から、「本日貴殿より提出された建築確認申請書の取扱いについては、町及び県との調整をとる期間預かりとします。」と記載された書面(以下「本件書面」という。)を受け取ったが、この書面は、蟹江町の職員が原告に対して一方的に交付したものであるから、原告が右書面を受領したことをもって右確認の申請を撤回したものとすることはできない。

(二) 被告の主張

〈1〉 本件建築物は、旅館業を目的とする建築物で、ラブホテル条例の定める「ラブホテル」に当たるから、原告は、同条例に基づき、蟹江町長に対し、建築の届出をするとともに、ラブホテル建築の同意を得なければならない。ところが、原告は、右の届出及び同意の申請をしていない。

〈2〉 原告の代理人と称する岡本孝久(以下「岡本」という。)らは、平成六年一二月八日、本件建築物の確認申請書を、蟹江町役場に持参し、これを提出しようとしたが、蟹江町の職員の説得によって、二週間以内にまず右〈1〉の届出をすることを前提に、それまでの間、蟹江町が右申請書を預かることに同意した上、本件書面を受け取って、蟹江町に右申請書を預け、礼を述べて帰った。

〈3〉 このように、原告は、平成六年一二月八日には、本件建築物の確認申請書を蟹江町に預けたにすぎず、原告が、同日、右申請をしたという事実はない。

2  右1の確認申請(以下「本件確認申請」という。)があった場合、それに対して、被告が何らの処分をしないことが違法といえるか。

(一) 被告の主張

〈1〉 本件確認申請の当時、蟹江町は、原告に対して、ラブホテル条例に基づく届出をするよう行政指導を行っていたのであるから、原告が、行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して当該申請に対して直ちに応答すべきことを求め、かつ、行政指導に対する原告の不協力が社会通念上正義の観念に反しない場合はともかく、そのような事情のない場合には、被告が本件確認申請に対して処分をしないことは、適法である。

〈2〉 原告は、右1(二)〈2〉のとおり、平成六年一二月八日には、二週間以内に右届出をすることを前提に、蟹江町が申請書を預かることに同意した上、本件書面を受け取ったのであるから、原告が、同日、行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して申請に対して直ちに応答すべきことを求めたということはできない。

そして、その後、原告が、行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して申請に対して直ちに応答すべきことを求めたというためには、原告が新たに本件建築物について確認申請書を提出するか、又は、本件書面を返還し、かつ、行政指導に協力できない旨、明確に意思表示をしたといった事実が必要である。

しかるところ、本件においては、そのような事実はないから(原告が、同日より後に、被告や蟹江町長に送付した書面は、被告や蟹江町長の意思を探っているものにすぎず、行政指導に協力できない旨の意思表示を明確にしたものということはできない。)、原告が、行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して申請に対して直ちに応答すべきことを求めたということはできない。

〈3〉 本件建築物の建築予定地は、静かな農業集落であるところ、本件建築物が建築されれば、そのような良好な生活環境が破壊されることになる。また、本件建築物の建築予定地は、小中学校の通学路にも近いから、本件建築物が建築されれば、青少年の健全な育成にも著しい悪影響を及ぼすことになる。このような事情から、本件建築物の建築計画が明らかになった平成六年五月ころから、地元住民により激しい反対運動が行われてきた。

そして、ラブホテル条例は、右のような事態に対処するために制定されたものである。

ところが、原告は、ラブホテル条例に基づく届出及び同意の申請をしないため、蟹江町では、原告に対して、まず右届出をするようにとの行政指導を行い、右1(二)〈2〉のとおり、平成六年一二月八日には、原告は、一旦、二週間以内に右届出をする旨の意向を示した。

このような一連の経緯からすると、右行政指導に対する原告の不協力は、社会通念上正義の観念に反するものということができる。

(二) 原告の主張

〈1〉 原告は、平成六年六月二日、蟹江町役場建築課に旅館等建築審査条例五条一項に基づく町長の同意申請書を提出しようとしたが、受付担当者から、町内会長を通じて住民説明会を行うべき旨の行政指導を受け、また、課長不在等を理由に申請を延期するようにいわれた。そこで、原告は、同月一五日、再度、同意申請書を持参したところ、担当者から、申請書は日付空欄のまま預かるので、先に住民説明会を行うよう指示され、それに従った。そして、原告は、同月一五日から一八日までの間、町内会長に対し、住民説明会を開催するよう何回も要求した。しかし、町内会長は、付近住民の反対を理由に開催を拒否した。そこで、原告は、同月二〇日、右条例八条により、蟹江町に対し住民との調整を要求した。

しかし、蟹江町は、急遽、右条例を改正した上、蟹江町長は、改正後の条例に基づき、同年七月一日付けで、原告から六月二七日に同意申請があったとの前提の下に、本件建築物の建築予定地が蟹江町保険センターから一五〇メートル以内にあるとの理由により同意を拒否した。

右のとおり、蟹江町は、原告の同意申請書の受理を故意に遅延させ、その間に条例を改正して、本件建築物の建築を規制したものである。

〈2〉 原告は、平成六年八月五日、蟹江町役場において、本件建築物の確認申請書を提出しようとしたが、蟹江町の職員は、旅館等建築審査条例の存在を理由に右申請書を受け取らなかった。そこで、原告は、同日、直接、被告に対して右申請書を提出しようとしたが、直接受領する権限がないとの理由により、被告も、これを受け取らなかった。

原告は、同月二四日付けで、愛知県建築審査会に対して、本件建築物の確認申請書を受理するよう被告に命令することを求める旨の審査請求をしたが、同審査会は、同年一一月一八日、原告が同年八月五日の申請をした際、確認申請書を持ち帰ったから、原告において確認申請を取り下げ又は撤回したものであるとの理由により、審査請求を棄却する旨の裁決をした。

原告は、右裁決後、再審査請求について建設省住宅局建築指導課の職員に相談したところ、再審査請求をするよりも再度確認申請書を提出するよう教示されたので、平成六年一二月八日に、本件確認申請をした。

〈3〉 以上の経緯から、原告は、本件建築物について、ラブホテル条例に基づく届出及び同意の申請をする意思を有していなかった。

そして、そのことは、右〈2〉の経過や原告が本件確認申請に当たって右届出及び同意の申請をしないことを明確に表明したことにより、蟹江町の担当職員に対して明確に表示されているから、原告は、本件確認申請に当たって、右届出をするようにとの行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明して申請に対して直ちに応答すべきことを求めたということができる。

〈4〉 原告は、右〈1〉のとおり、本件建築物について、蟹江町長に対して、旅館等建築審査条例に基づく同意の申請をし、それについて町長の判断を得ているので、再度、ラブホテル条例に基づく届出及び同意の申請をする必要はない。したがって、原告が右行政指導に従わないことは、正当である。

また、被告が、本件建築物が建築されれば破壊されるとする「良好な生活環境」は、抽象的なもので、本件建築物が建築されたとしても、付近住民に直接重大な被害を及ぼすことはないし、本件建築物の建築予定地は、小中学校の通学路に直接面しているわけではなく、小中学校の校舎とも十分な距離があるから、本件建築物が建築されれば、青少年の健全な育成に著しい悪影響を及ぼすということもない。

以上のとおり、右行政指導に対する原告の不協力は、社会通念上正義の観念に反するものではない。

〈5〉 よって、被告が、本件確認申請に対して、建築基準法六条三項の定める二一日を経過してもなお処分をしないことは違法である。

第三証拠〈省略〉

第四当裁判所の判断

一  事実関係

証拠(甲一ないし六、甲一三の一、二、甲一四、一六ないし三〇、三二、乙三、四、六、七、乙八の一、二、乙九、一三、一五、乙一六の一ないし三、乙一七の一、二、乙一八ないし二〇、証人岡本孝久、同佐藤正浩)と弁論の全趣旨によると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、平成六年三月初旬、ラブホテルの建築が可能であるとの一応の調査結果に基づき、一五〇〇万円の手付を交付して本件建築物の建築予定地につき売買契約を締結した。そして、同年四月、有限会社シカマ建築設計(代表取締役色摩昭二(以下「色摩」という。))に対し、本件建築物の設計監理を依頼した。

2  色摩は、平成六年五月、蟹江町役場を訪問し、旅館等建築審査条例と同条例に基づく建築同意申請書用紙等の関係書類を入手したほか、右予定地の近くにある蟹江町保険センターが建築の障害となるかどうか等について調査をした上、原告に対し建築可能という調査結果を報告した。

そこで、原告は、同月三〇日、残代金を支払って右予定地につき原告への所有権移転登記を経た。

その後、色摩は、蟹江町産業建設部土木課の職員であった佐藤正浩(以下「佐藤」という。)らに対し、本件建築物についての旅館等建築審査条例に基づく同意申請手続の相談をし、その指導を受けた上、同年六月、右同意申請書を蟹江町役場に提出した(提出の日が、同月一五日であるか、二七日であるかについては、これを確定するに足りる証拠がない。)。

3  しかし、蟹江町長は、すでに同月一四日の時点で、蟹江町議会において、本件建築物(ラブホテル)の建築については、町と町議会など官民一体となって全力を挙げて建設を阻止したい旨答弁しており、その後、前記第二の一の3の条例改正手続を経た上、同月二四日付けで、原告に対し、旅館等建築審査条例が改正されたこと及びそれにより本件建築物の建築が困難になったことを通知する書面を送付し、さらに、同年七月一日付けで、本件建築物について建築の同意をすることができない旨の書面を送付した。蟹江町長が同意することができないとした理由は、本件建築物の建築予定地が蟹江町保険センターから一五〇メートル以内にあるため、改正後の条例の下では、建築に同意することができないというものであった。

4  岡本は、同年八月五日、原告の代理人として、本件建築物の確認申請書を持って、蟹江町役場に行き、佐藤ら同町の職員に対して、右申請書を受け取るよう求めたが、同町の職員は、本件建築物については、旅館等建築審査条例に基づく建築の同意をすることができないとの理由で、これを受け取らなかった。そのため、岡本は、同日、愛知県海部事務所へ赴き、同事務所の職員に対して右申請書を受け取るよう求めたが、蟹江町長経由で提出すべきであるとの理由により、同事務所の職員も、申請書を受け取らなかった。

そこで、原告は、同月二四日付けで、愛知県建築審査会に対して、本件建築物の確認申請書を受理するよう被告に命令することを求める旨の審査請求をしたが、同審査会は、同年一一月一八日、原告において確認申請書を持ち帰ったので、確認申請を取り下げ又は撤回したものであるとの理由により、審査請求を棄却する旨の裁決をした。

岡本は、同年一二月一日ころ、建設省に行き、同省住宅局建築指導課の課長補佐に、再審査請求の手続について相談したところ、同課長補佐は、申請をする意思があるのなら、再審査請求をするまでもなく、第三者立会いの上、再度確認申請書を提出すれば足りる旨述べたので、岡本は、本件建築物について弁護士立会いの上、再度確認申請の手続をとることとした。

5  岡本は、平成六年一二月八日に、河上幸生弁護士(以下「河上弁護士」という。)、色摩らとともに、本件建築物の確認申請書を持参して、蟹江町役場に行った。岡本は、蟹江町の職員が右申請書の受付手続を行わないとしても、右申請書を同役場に置いたまま帰ることを固く決意していた。そのため、同日右申請書を提出したことの証拠を残す目的で、申請の状況をビデオ撮影する者を同行させ、同役場におけるやり取りの一部をビデオテープに録画させた。

6  同日、蟹江町役場において、岡本は、右申請書を同町役場の受付カウンターの上に置いて、受付担当者に対し、申請書を受け取り被告に送付するよう求めた。これに対し、同町産業建設部土木課の課長補佐であった石黒義近(以下「石黒」という。)、佐藤らは、「確認申請書は預かります。二週間以内にラブホテル条例に基づく届出をしてください。届出がない場合は、確認申請書をお返しします。」と述べ、右届出の手続をするよう求めたが、岡本は、旅館等建築審査条例に基づく同意の手続をしたから、ラブホテル条例に基づく手続をするつもりはない旨明確に述べ、あくまでも右申請書を受け取り、被告に送付するよう求めた。そして、しばらくそのようなやり取りが繰り返された後、河上弁護士が、確認申請書はここに置いていくから、預かるというのであれば、預かる理由を記載した書面を交付してもらいたい旨述べた。

しかし、石黒らが、右書面の交付について応じようとしなかったため、岡本は、その場から、携帯電話で、被告(当時の建築主事小木曽安造)に電話をした。そして、被告の求めにより、石黒が電話に出て、その場の状況を説明するなどして協議をした後、再び岡本が電話に出た。岡本は、しばらく被告と話をし、電話を切った後、「本日貴殿より提出された建築確認申請書は受付できず、この取扱いについては町及び県との調整をとる期間お預りとします。」との書面を作成した上、蟹江町が預かりの理由を書いて原告に交付すべき書面の案であるとして、石黒らに渡した。

これに対し、同町産業建設部土木課の課長であった加藤富士雄(以下「加藤」という。)は、一旦被告と電話連絡をとった上、ラブホテル条例に基づく届出をするまでの間確認申請書を預かるとの文面ではどうかとの提案をしたが、岡本は、右条例に従う意思はないから、そのような文面の預り証は受け取れない旨述べた。そこで、加藤は、再度被告と電話連絡をとった後、岡本提案の文案から受付できないとの部分を削除した本件書面を作成して原告に交付することとし、その書面の内容についてあらかじめ岡本の承諾を得た上、浄書して作成した本件書面(加藤作成名義の原告宛ての書面)を岡本に交付した。

岡本らは、本件建築物の確認申請書を蟹江町役場に置いたまま、本件書面を受け取り、礼を述べて、立ち去った。立ち去る際に、色摩が、佐藤らに対し右申請書を被告に送付すべき旨述べたが、これに対し佐藤は、右申請書は預かるだけである旨応答した。

7  その後、岡本は、同年一二月二一日付けで、被告に対して、同月二九日までに本件建築物の建築確認をしない場合は、建築に着工する旨の書面を送付した。

そして、これを知った蟹江町長は、平成七年一月一八日付け書面により、原告に対し、ラブホテル条例違反行為に対する罰則と建築確認を得ないで施工した建物に対する建築基準法に基づく是正措置とを告知して建築に着工しないように警告した。

そこで、原告は、平成七年二月二八日に、被告の不作為が違法であることの確認を求める本件訴えを提起した。

また、岡本は、同年三月二四日、本件建築物の確認申請書を、改めて被告のところへ持って行き、建築確認をすることを求めた。

8  蟹江町は、同年四月四日、右6の確認申請書を原告宛てに送付し、返戻しようとしたが、原告は、その受領を拒否した。

二  右一認定の事実関係に基づき判断する。

1  争点1(原告が平成六年一二月八日に建築基準法六条に基づいて被告に対して本件建築物の確認申請をしたといえるかどうか。)

(一) 建築基準法六条一項は、建築主は、建築確認申請書を提出して建築主事の確認を得なければならない旨規定しているので、建築確認申請書の法律上の提出先が建築主事であることは明らかである。もっとも、建築基準法は、地方自治法一五条に基づき知事の定める規則により建築確認申請書の受付を市町村長に行わせることを禁止しているとまでいえないから、建築確認の申請書は市町村長を経由しなければならない旨定めている愛知県建築基準法施行細則は、右のような申請書の受付機関を定めるものとして適法である(もっとも、建築基準法六条二項及び三項は、当該申請を受理するか否かの決定は建築主事が行うべき旨規定しているから、市町村長において、当該申請の受理、不受理の決定をすべきものでないことは明らかである。)。

そうすると、申請者が、受付機関である市町村役場の所定窓口において、確認申請の意思を明示した上、確認申請書を担当者に提示すれば、それによって申請としての効果が発生するのであって、通常の取扱いとして、窓口において申請書控えに受付印を押捺し、あるいは受付証を発行するなどして受付確認の処理がなされている場合であっても、そのような処理がなされなければ申請がなされたことにならないというものではない。

(二) そこで、右の観点から本件につき検討するに、右一5、6認定のとおり、原告の代理人岡本は、平成六年一二月八日、蟹江町役場に赴き、同役場において、本件建築物の確認申請書を、同町役場の受付カウンターの上に置き、同町の担当職員に対して、確認申請書を受領して被告に送付すべき旨要求したのであるから、それによって、原告は、同日、同役場において、愛知県建築基準法施行細則一六条に基づく経由庁である蟹江町長に対し、本件建築物の確認申請書を提出したものと認められる。

(三) もっとも、岡本は、右一6認定のとおり、その後、本件書面を受け取り、礼を述べて帰っている。そして、被告は、この点を捉えて、岡本は、蟹江町の職員の説得によって、二週間以内に本件建築物についてラブホテル条例に基づく届出をすることを前提に、それまでの間、蟹江町が確認申請書を預かることに同意した上、本件書面を受け取り、蟹江町に確認申請書を預け、礼を述べて帰ったものである旨主張し、証人佐藤正浩は、これに符合する証言をする。

しかしながら、右一6において認定したとおり、岡本らは、同日の蟹江町役場における同町職員とのやり取りにおいて、終始右届出をすることを明確に拒否し、確認申請書を受領して、それを被告に送付すべき旨要求していたことは明らかである。

なお、本件書面の文面について、証人佐藤正浩は、原告において町及び県との調整をとる期間預かりとする趣旨であると証言する。しかし、右一6において認定したとおり、岡本は、ラブホテル条例に基づく届出はしないと明言していたものであり、そのような状況の下で、河上弁護士が確認申請書を置いて帰るので、町において預かるというのであれば預り証を交付すべき旨述べた趣旨は、原告側としてはそれまで主張した立場で確認申請書を置いて帰るが、蟹江町の方で確認申請書を預かるというのであれば、町は町として自己の主張を記載した預り証を交付すれば良いというものであったと認められる。

そして、岡本が提示した案は、そのような状況を前提として、岡本において町の主張として記載すべき内容を提示したものと認められる。そして、証人岡本孝久の証言によると、岡本は、原告の側で町及び県との調整をとる意思を全く有しておらず、「町及び県との調整をとる」との文言を、町と県とが調整をとるという趣旨に理解していたことが認められる。

他方、証人佐藤正浩の証言によると、加藤、石黒、佐藤らは、検討の結果、右文言が原告において県及び町との調整をとる間預かるという趣旨に読めるという結論になり、本件書面を作成交付したものと認められる。

しかしながら、証人岡本孝久及び証人佐藤正浩の各証言によると、右の文言がどのような趣旨のものであるかについて蟹江町の職員と岡本らとの間で明示的に確認したことはなかったものと認められる。

そうすると、右のような状況の下で、岡本が本件書面を受け取り礼を述べて帰ったからといって、岡本が、二週間以内に本件建築物についてラブホテル条例に基づく届出をすることを前提として、それまでの間、蟹江町が右申請書を預かることに同意したものでないことは明らかである(そのことは、交渉経過からして、加藤らにおいても十分理解できたものと認められる。)。

したがって、原告が、即日、右確認申請を撤回したものと認めることはできない。

(四) 右(一)ないし(三)で述べたところからすると、原告は、平成六年一二月八日に、愛知県建築基準法施行細則一六条に基づく経由庁である蟹江町長に、本件建築物の確認申請書を提出して、本件建築物の確認申請をしたものと認められる。

2  争点2(本件確認申請に対して、被告が何らの処分をしないことが違法といえるか。)について

(一) 建築主事は、建築確認の申請書が提出された場合には、当該申請が建築基準法六条二項の要件等を具備しているか否かを審査して、その申請の受理、不受理を決定し、受理をした場合には、申請に係る建築物の計画が法律等に適合するか否かを審査して、その結果を、受理後二一日以内に、申請者に通知しなければならないものとされている(建築基準法六条)。

そして、通常、確認申請書の提出から、右のような受理、不受理の決定に一〇日以上を要することはないと考えられるから、本件においても、蟹江町に確認申請書が提出されてから、ほぼ一月で、申請に対する何らかの応答(処分)をすべきであったことになる。

しかし、本件においては、本件確認申請がなされてから口頭弁論終結の日(平成七年一二月一五日)まで一年以上が経過しているので、特段の事情がない限り、被告が本件確認申請に対し何ら処分をしないことが違法であることは明らかである。

(二) そこで、右特段の事情の有無について判断するに、被告は、蟹江町が、原告に対して、ラブホテル条例に基づく届出をするよう行政指導を行っていたことを理由に、被告が本件確認申請に対して処分をしないことが適法である旨主張する。

そして、右一6認定のとおり、蟹江町は、平成六年一二月八日に、原告代理人岡本に対して、ラブホテル条例に基づく届出をするようにとの行政指導を行ったことが認められる。

しかしながら、行政指導の内容は、あくまでも相手方の任意の協力によって実現されるものであり、行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない(行政手続法三二条一項、二項、愛知県行政手続条例三〇条一項、二項参照。これらの規定は、本件のように蟹江町長が行う行政指導に直接適用されるものではないが、行政指導の一般原則を述べたものであるから、これらの条項が規定するところは、本件においても当てはまる。)のであるから、建築主が行政指導には応じられないとの意思を明確に表明した上、建築確認申請に対する判断を求めている場合には、このような建築主の明示の意思に反してその判断を留保することは許されないというべきである。

したがって、建築主の右行政指導に対する不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえるような特段の事情がある場合はともかく、そうでない場合には、被告が、蟹江町において原告に対し行政指導をしていることを理由として本件確認申請に対してなんらの処分をしないことは違法というべきである。

(三) そこで、まず、原告が行政指導には応じられないとの意思を明確に表明しているかどうかについて判断するに、前記一6において認定したとおり、原告代理人岡本は、平成六年一二月八日、本件確認申請に際し、ラブホテル条例に基づく届出をすることを明確に拒否した上、あくまでも確認申請書を受領して、それを被告に送付すべき旨求めており、前記一において認定した申請の経緯を併せ考えると、原告は、本件確認申請に際し、蟹江町の行政指導に応じないとの意思を真摯にかつ明確に表明し、被告に対し確認申請に対する応答をすべきことを求めたものと認められる。

なお、仮に、本件確認申請時に右のような明確な意思表示がなされていないとしても、本件訴えの提起とその訴状の送達(平成七年三月八日)により、真摯かつ明確な意思表示がなされたものと認めることができる。

(四) 次に、行政指導に対する原告の不協力が社会通念上正義の観念に反するといえるかどうかについて判断する。

証拠(乙一、乙一二の一ないし三、乙一三、乙一四の一ないし三)と弁論の全趣旨によると、本件建築物の建築予定地付近は、静かな農業集落であり、小中学校の通学路にも近いこと、本件建築物は、いわゆる「ラブホテル」であるから、本件建築物が建築されれば、良好な生活環境が破壊され、青少年の健全な育成にも悪影響を及ぼすとして、付近住民の多くが、本件建築物の建築に反対しており、本件建築物の建築計画が明らかになった平成六年五月ころから、付近住民により反対運動が行われてきたこと、ラブホテル条例は、蟹江町におけるラブホテルの建設等に対し必要な規制を行うことにより、良好な生活環境を維持形成するとともに、青少年の健全育成に資することを目的として制定されたものであること、以上の各事実が認められる。

しかしながら、ラブホテル条例は、建築基準法とは別個の法規範であるから、それが有効に制定されている場合には、建築基準法による建築確認がなされたとしても、同条例に定める届出、同意なくして本件建築物の建築工事に着手することはできないはずである。そして、ラブホテル条例には、建築確認の申請前に、同条例に定める届出、同意の手続をとるべき旨の規定はない。そうすると、蟹江町長としては、本件建築物が建築されることにより、付近住民の危惧するような事態が生じるというのであれば、ラブホテル条例の関係規定に基づき建築を規制すべきものである(もっとも、弁論の全趣旨によると、原告は、同条例が旅館業法等の法律に違反し無効であるとの見解に立っているものと認められる。)。

また、前記第二の一の事実、右一において認定した事実と弁論の全趣旨によると、原告が旅館等建築審査条例に基づく住民説明会、同意申請等の手続を経て本件建築物を建築しようとしたのに対し、蟹江町では、町長、議会が住民と一体となって、本件建築物の建築を阻止するため、右条例に新たに距離制限の規定を設け、また、ラブホテル条例を制定したものと認められるから、原告が、蟹江町長の行政指導に応じて、ラブホテル条例に基づく届出をし、かつ、同条例に基づく同意の申請をしたとしても、蟹江町長が本件建築物について建築の同意をする見込みはなかったものと認められる。

そうすると、右のような状況下で、原告が、蟹江町長の行政指導に応じられないとして、本件確認申請について、被告の判断を求めたことをもって、社会通念上、正義の観念に反するとすることはできない(ラブホテル条例が有効である場合には、建築確認がなされても、同条例による規制ができることは前示の通りである。)。

(五) そして、他に被告が本件確認申請に対して何らの処分をしないことを正当化する事情があるとは認められないから、被告が本件確認申請に対して処分をしないことは、違法であるというべきである。

第五総括

以上の次第で、本件請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治 森義之 岩松浩之)

別紙物件目録〈省略〉

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